夢寐<むび>にも忘れぬ地「マラント島」での釣と聞いてはモリソーさんもたまりませんでした。
知り合いのフランス軍の大佐に頼んで通行許可証をもらい、前哨線を越えて、かの地へと歩を進めることになったのでした。途中プロシア兵の恐怖・・・二人はまだ見たことなかったのですが、幾月も前から、パリの周囲にいて、掠奪<りゃくだつ>し、虐殺<ぎゃくさつ>し、飢えさせ、フランスを破壊しつつあったプロシアに対しては、憎悪の念と一種の迷信的な恐怖が加わっていた・・・このプロシア兵の恐怖を感じながら、やっとの思いで河岸へとたどり着き、付近に人気がないことを確認して釣りをはじめたのです。
銀色の小魚(河沙魚<かわはぜ>)がひっきりなしに釣れ、まったく嘘のような大漁でした。  

釣った魚は、足もとの水につけてある、ごくこまかい網の魚籃<びく>へ手ぎわよく入れる。すると、ぞっとするようなうれしさが、全身にしみわたるのだった。それは、長いあいだ禁じられていた道楽にありついたとき、だれでもがおぼえるあのうれしさだった。
あたたかい太陽が、そのぬくもりを二人の肩のあいだに流しこんでいた。彼らはもうなんにも聞こうとはしなかった。なんにも考えようともしなかった。世間のことなんか忘れていた。ただ釣っていた。


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