だが、とつぜん、大砲が鳴りはじめる。そしてつぎつぎに爆音が起り、後ろのヴァレリヤン山から死のいぶき息吹が投げかけられ、牛乳色の煙霧が吐き出された。

モリソーは、浮子<うき>の羽がぴくぴく動いているのを気がかりそうにながめていたが、急に腹がたってきた。こんなに戦争しあっているあの狂人どもにたいする、温和な人間の怒りだった。彼はつぶやいた。「こんな殺しあいをするなんて、じつにばかげているじゃありませんか」ソヴァージュさんも答えて言った。「けだもの以上ですよ」


そして、二人は戦争について議論をはじめる。

モリソーは鯉<こい>を釣りあげたとこだったが、言いはなった。「要するに、政府が存在するかぎり、戦争は絶えないですよ」
ソヴァージュさんはそれをさえぎって、言った。「でも、共和国だったら、戦争はしなかったでしょうに・・・・・・」
今度はモリソーさんがそれをさえぎって言った。「王さまのときは外国と戦争だし、共和国だと国内戦争ですよ」
こうして二人は、政治上の大問題を、単純で、温和な人間の穏健論<おんけんろん>でかたづかながら、のんびりと議論をはじめたのだったが、しかしけっきょく、人間はいつになっても自由にはなれないだろうということに意見が一致した。その間も、ヴァレリヤン山はひっきりなしにとどろきながら、砲弾でフランスの家々を破壊し、多くの生命を粉砕し、多くの存在を蹂躙<じゅうりん>し、幾多の夢、幾多の歓<よろこ>びの期待、幾多のあこがれの幸福に終止符をうち、はるかな国もとにいる妻の心に、娘の心に、母の心に、終生い癒えることのない傷口をあけつつあるのだった。
「これが生きるということですよ」と、ソヴァージュさんは言いはなった。
「これが死ぬということですよ、と申したいところですな」と、モリソーは笑いながらいった。


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