戦時下の平和な瞬間はここまででした。次ぎに、ぎょっとして、震えあがる瞬間が彼らをまちかまえていました。
武装したひげ面の大漢<たいかん>が、彼らに銃先<つつさき>を向けて、ねらいを定めていたのでした。
彼らはスパイと間違われ、ドイツ兵に捕らわれる身となってしまいました。
前哨線<ぜんしょうせん>に出た暗号を知っているのだから帰りの暗号も知っているはずだと尋問<じんもん>される。暗号を教えたら命を助けてやると言われるが、暗号など知るはずもない二人は真っ青な顔になって、手を痙攣
<けいれん>的に軽く震わせながら、終始だまっていました。そして、とうとう士官より死刑の宣告をされてしまいます。なんども暗号白状のための懐柔<かいじゅう>のことばと猶予<ゆうよ>の時間を与えられるのですが、二人はなんとも答えませんでした。
ついに士官は発砲の号令をかけはじめ、兵士たちは銃を上げた。

そのとき、ふと、モリソーの視線は、河沙魚<かわはぜ>のはいった魚籃<びく>の上に落ちた。ニ、三歩離れて、草の上に、放り出されている。
一条の陽光が、まだ動いている、積みかさなった魚にあたって、きらめいていた。すると、なんだか気がとおくなってきた。がまんしていたが、涙が出てしかたなかった。
彼は口ごもって言った。「ソヴァージュさん、さよなら」
ソヴァージュさんも答えた。「モリソーさん、さよなら」
彼らは手と手をかたく握りあったが、頭のてっぺんから爪の先まで震えてきて、どうにもしようがなかった。


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