私の読後感

「幸せ」とか「平和」、「感動」などという言葉は、人によってそれぞれ、感じ方、考え方が異なるものですが、わたしの場合、ようやくこのごろになって、この小説の紹介で取り上げた「忘れられない情景描写の一節」が、「人間の幸せってなんだろう」「平和ってなんなんだろう」なんてふと考える時、「人間にとって本当に大切なことは、こんなことだよ」と教えているのではないかと思うようになりました。

大学で学んで以来、この情景描写が心に深く残りつづけたのは、ただ単に、情景描写が素晴らしいということだけではなく、「人間がお互いに理解し合えることを共有しながら、美しい自然や季節の移り変わりに身を委ねて生きること」がどんなに素晴らしく、大切かということを、この一節が示唆していたからだと思います。

この「二人の友」の場合、戦時下という死と隣り合わせの危険な状態を承知していたにもかかわらず、二人を「マラント島」に向かわせたものは何だったのでしょうか。ドイツがまだ東西に分断されていた頃、死を覚悟して、「自由」を求め、ベルリンの壁を越えた人がいましたが、動機の深刻さの差はあるとは思いますが、この「自由を求めて」というときの「自由」の発想とよく似ているような気がします。この「自由を求めて」とは、「何か制約されていることを裁ち切り、自分の信条、目的に向かって行動を起こす」というような意味だと思いますが、「自由」といっても、「束縛から逃れると」という意味だけではなく、この言葉のなかには、「信条、目的などを達成することによって実現する夢」といった意味が隠されているように思います。
もちろん、「逃れることそのこと」が夢になる場合もありますが、「二人の友」にとって、それは「マラント島で魚を釣る自由」、「マラント島で魚を釣って実現する夢」であったのだと思います。
その夢は人それぞれであり、程度の差はあると思いますが、ともかく、置かれている立場、思い、夢が束縛、制限されている状態の時、その状態から逃れたり、それらの障害を取り除き、のりこえてゆくことが「自由を求めて行動を起こす」という内容になると思います。そしてこの「思い」「夢」などが、かけがえのない場合、死をも超えて行動のエネルギーに変わることがあるということです。

それでは、二人にとってなぜこの「マラント島」が夢にも忘れえぬ地となり、死と引き換えにしてまでいかねばならぬ島であったのでしょうか。

この「マラント島」で自然が繰り広げるみごとな光景を見ながら、うれしそうに二人が語り合う場面がありましたが、人間という存在が、どんなところに、どんな状態で身を置けば、ごく自然に歓びを感じ、心を開き合うものかということを物語る格好の場面であったと思います。

このすばらしい自然の懐にいだかれて、釣りを楽しむ「二人の友」ですが、おそらく、「人と人」、「人と自然」の波動が調和し、宇宙全体が心地よく思われるような瞬間であったと思います。釣りを通して、体全体から感じられる、こういった雰囲気のすべてが二人の心を捉えて離さなかったものだと思います。これこそ彼らにとって、「平和でかけがえのない幸せ」を感じる瞬間だったのではなかったのでしょうか。

このすばらしい瞬間は、他の場面でも起こることと思いますが、人は、美しい自然の中に身を置き、ましてあたたかい陽光でもつつまれ、平和で幸せな時間を過ごしているときであれば、その心は安定し、純粋な気持ちで語り合い、理解しあうことができるものだと思います。もちろん、人間としての最低限の生計の維持と、余暇を持つ時間が持てることが前提であることはいうまでもありません。
それは、誰もがごく自然に美しいものを美しく感じ、その中に身を委ねて過ごしていると、何か幸せな気持ちになれる格好の舞台装置だからです。
これとは逆に、過酷な自然に放り出された場合は、いったいどうなるのでしょう。恐らく闘争の歴史が待ち構えていることは、歴史が証明しています。

そして、この美しい自然の波動に身を置いた時の思考状態、心の世界が、戦争という狂気の世界、狂気の思考、狂気の行動などとは全く対立する世界にあるということです。

この小説は、「人間なんてこんなものさ」といいたげな、冷たく突き放したようなことばで最後をむかえますが、この小説の強烈なパラドックスが、かえって作者の平和への強い思いを表しているように感じられます。

皆さんはどのような印象をお持ちになったことでしょうか。

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