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はねず踊り

小野小町ゆかりの寺、京都山科の「随心院」では3月の第4土曜・日曜に薄紅色の梅の一種「はねず」が咲く中、子供たちが小町の伝説を舞う「はねず踊り」が披露されます。

境内の小野梅園には「はねずの梅」と呼ばれる遅咲きの紅梅など約200本の梅が植えられています。薄紅色のことを古くは「はねず」と呼んだことからこの名がつきました。
平安時代に創建された随心院は、小野小町が晩年を過ごしたことで知られています。伝説によると、絶世の美女だった小町を慕い、深草少将が100日通いの願をかけて通い続けましたが、99日目の夜、大雪に阻まれ、病で世を去ったといわれています。深草少将百代通<ももよかよ>い)
この悲恋物語はわらべ歌となり、毎年「はねず」の咲くころ、里の子供たちにより、家々の庭先で歌い踊られるようになりました.戦後途絶えていましたが、昭和48年に地元住民らが「はねず踊り」として復活させました。

小学校高学年の女の子が、ピンクや赤の着物に梅の花をあしらった笠をかぶり、小町と少将にふんして、優雅な舞を披露します。復活当時は少将役は男の子でしたが、白塗りの化粧と女物の着物が恥ずかしがられ、いつしか女の子が演ずるようになったといわれています。少将も小町とよく似た小袖に笠の姿で踊ります。

「はねず踊り」の他、白拍子による今様が奉納されたり、狂言、地元女性会の踊りなどもあります。
一般的には、小町と少将の伝説は上記のような内容ですが、この「はねず踊り」の歌のモチーフはこの伝説とはやや異なっているようです。少将は99日目、雪がひどいのを理由に代人をたてます。ところが小町の気が変わり、99夜で招き入れることになったため、代人を立てたことがバレてしまいます。少将は振られてしまいますが、小町は少将のことも忘れ、里の子供達と遊んで老後まで楽しく暮らしたというものです。

はねず踊り期間

拝観料 1,000円
はねず踊り観覧料
梅園入園料
宝物見学料

拝観時間 9:00〜16:30

11時・13時・15時から
約1時間



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